最後は夕焼け

晴れたり曇ったり雨降ったり、変な天気だったな。

お彼岸のお墓参りをして、
宅録して納品して、
買い物に出かけて、
ボードゲームで遊んで、
なんだかんだと朝から晩まで時間をフルに使えた。

その間、2回傘を忘れて、2回取りに戻った。

最後は夕焼けだった。

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追伸のようなもの。

昨日のライブの余韻と、Twitterで目にすることができた嬉しいお言葉に励まされ、
夜中のテンションでツイートしていたことの、転記と、補足。

追伸のようなもの。

*

ayanaさんが覚えてくれていた前回のMCで話した、「足るを知る」について。
老子の言葉からの引用ですが、
足るを知る、というのはとても深くて。

ないものねだりせずに我慢しましょうという惨めな話ではなくて、
いまの自分に必要なものはすべて与えられている、という感覚の話。
英語で言うと、同じ「満足」を示す言葉でも、satisfiedとcontentの違い。

この老子の引用、ほんとはもっと前後に言葉があるのですが、
足るを知るについての部分は、この一行。
足るを知る者は富み、強(つと)めて行う者は志あり。

それでもさらに努力するひとは志がある、という一文も添えられているんですね。
生きていくために必要なものは、いますでにちゃんと揃っていることに気付けば豊かに生きられる。
その自分を全部使って、努力し続けることが大事なのだなあ、と。

*

あたしは長らく、人を羨んでは、あのひとは音楽に愛されてていいなあ、と思っていたけど、
なんのなんの、
あたしが音楽に愛されていないのではなく、あたしが音楽を愛していないだけだったのだよな。

だから、音楽が楽しいとか、唄うのが好きとか、はじめから素直に言えるひとが羨ましくて仕方ない。

全日本あまのじゃく選手権代表のあたしが唯一、
やっと素直に好きと言えるようになった音楽は、ほんとにものすごい力があると思っているから、
目に見えるものしか信じられないような自分だけど、
音楽の神さまだけは、居たら良いなあと思っている。

*

長らくの間、Cheri*として「応援してください」という言葉を極力使わないようにしている。
もしCheri*の音楽を少しでも「良いなあ」と思ってくださるのなら、
応援してください、じゃなくて、そばにいてください、と願っていて、
「With」という曲を作ったときにはすでにその想いだったわけだから、
そう考えると、もう18年ほど経つのか。
自分の信念が、びっくりするほど変わらないことに自分でも驚く。
あの当時、幼稚で未熟な自分なりに、頑張って考え抜いた答えだったのだと思うと、
ちょっと微笑ましく思えると同時に、
そのときの自分にちょっとだけ、感謝だ。
そういえばWithの歌詞に「Oh my Jesus」というのが出てくるけれど、
音楽の神さまが居たら良いなあと思っていたのも、今と変わらない(笑)

同じくMCでは言わないと決めている言葉がある。
「名前だけでも覚えて帰ってください」だ。
これはあたしの中だけのつまらないプライドであり、Cheri*にとっての大事な信念でもある。
作品を届けることが目標なので、
むしろあたしの名前なんて覚えなくていいから、
1曲でも、唄の1フレーズでも、そのひとの心に残って、それを持って帰ってもらえることこそが本望だ。
そのフレーズが、その言葉が、そのひとの人生を救うかもしれない。
もし本当にそうなったら、
その曲と生きた人生の最期には、Cheri*の曲を棺桶に一緒に入れて欲しいとさえ思っている。
それがあたしの究極の夢なのだ。
名前だけ覚えてもらっても意味がない。
音楽が残らなければ意味がない。
だからぜひ皆さん、ことCheri*に関しましては、
「誰の曲かわからないけど、あのときこういう曲に救われたんだよ」って、
そういう覚え方をしてやってください(笑)

*

自分のことが嫌いすぎて、自分じゃないものになりたくて、それで「Cheri」を作った。
Cheriとして頑張ってる自分は人として理想的に思えた。
でもそれは本当の自分じゃなかったから、なんだかわからなくなった。
本気でCheriを辞めようとして休んでみたけど、
有難いことに、あたしの音楽人生は恵まれていたから、
自分の曲が誰かの大切なものになっていたことに気付かせてもらったし、
実は自分がちゃんと「Cheriになっていた」ことに気付かされた。
そして今度はCheriとして「Cheri*」をやっている。

だから、
今では一番嬉しい「褒め言葉」は、「唄に人間性が滲み出ている」かもしれない。
生き方・考え方が表れるような、
人間性・人格が滲み出ているような、
そんな唄を書きたいし、そんなライブがしたい。

単なる理想を語るだけのガキやけど、
不幸自慢じゃなくて、「音楽に救われた自慢」ならめっちゃ大声で言える気がするから(笑)

あたしはもしかすると、音楽自体を神さまみたいに思ってるのかもしれません(笑)

*

死ぬまでにあと何曲書けるかな、って考え始めてからもう2年くらい経った。
うかうかしていられない。
ほんとはもっともっともっともっと作らなきゃって思う。
でも内容がぺらぺらになってしまっては意味がないから、
焦ったり、急いだり、絶対しない。

だって、

あたしは死ぬまでCheri*なんだろうなって、

もう知ってるから。

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なぞなぞ。

母親が「瞬間接着剤はなんでも接着するからすごいねぇ」と感心してるので、

僕「でもその瞬間接着剤でもくっつかない意外なものがあるって知ってる?」

母「え、なになに?」

僕「その接着剤のキャップ、ふた」

母「ほんまや」

今度は瞬間接着剤でもくっつかないキャップに感心してた。

バッハ・クライス

こたんの飲み友達さん(といっても年上の先輩の方)が参加していると聞いて、
久しぶりにクラシックの演奏会に行って来ました。
バッハ・クライスというだけあって、バッハの曲ばかりなのですが、
教会音楽で有名なバッハなので、実際の教会で聴けるなんて、雰囲気味わうにはもってこいです。

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こういうの。

クラシックピアノを習っていたころは、バッハって苦手で、
なぜかというと指使いを守らないと弾けないし、あまり息継ぎの無い(メリハリの少ない)流れる曲ばかりだからで、
バッハのインベンションとかすぐやりたくないと放り出してしまった。
ピアノの先生も「この子には向いてない」って思ったんだろうな。。。

でも、この日は管弦楽と合唱を聴けるということで楽しみにしてました。
もっと開場すぐに行って、前の方で聴けば良かったー、と思いました。
楽器弾いてるところを間近で観れたらきっともっと面白かっただろうなあ。
客演で演奏されてた方はさすが素晴らしかったです。

いやしかし、弦楽器のピッチ合わせるのってけっこう大変なのね。
NHKのクラシック音楽の番組とかはたまに観たりしますが、
ああいうプロっていうのはほんとにすごいんだなあと思いました。

久しぶりにクラシック聴けて楽しかった♪

また演奏会があったら行きたい。

ひろめ市場に始まり、ひろめ市場に終わる

朝には雪が降っていたそうで、寒かったからなのか、眩しかったのか、
いや、きっと前夜の興奮でうまく寝れなかったからだろう、
ぱっとお昼前に目覚めたので、遠征組のお見送りを兼ねてお土産を買いに、ひろめ市場へ。

結局飲んどるんか~い(笑)

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食べたかったあおさのりの天ぷらありました!!
こりゃーお酒のおつまみだ!!(笑)
2人なのになぜかジョッキ3杯、そして屋台餃子も。
いやあ、高知来ると毎回、ほんと暴飲暴食してるー。
2~3キロ、パンパンに太って帰ってる気がするー。

途中、眠すぎて寝てしまったり、高知の友達を待たせた挙げ句、会えないまま帰ってしまったり、
最後はちょっとぐだぐだになってしまいましたが、、、(;ω;)
腑抜けになるぐらい、昨日頑張った。

帰りは深夜バスしか取れなかったので、大野家に戻ってゆっくりと。
ひろめ市場で買ってもらった鯛めしを美味しくいただきつつ、
昨日のライブを撮影したビデオを鑑賞しながら、金麦をひたすら(笑)
いったん寝たからまた元気になって飲むっていう。。。

22時を過ぎてバスの時間。

大野家の次女あーちゃんもお見送りに来てくれて、アニメや漫画のおすすめという話題になった中で、
「龍の歯医者」というのが印象に残ったタイトルだったのですが、
プライムビデオでアニメが観れるらしいことが分かったので、とりあえず今度観てみようと思いました。

今年はライブの本数自体が減っているけれど、あともう1~2回、高知にも来れるといいな。

「よさこい」の高知も見てみたいと思ったし、
海辺のほうにはまだ行ってないので桂浜や、
高知は東西に長く広いから、ぜんぶいっぺんに周るのは無理でも、
室戸岬や足摺岬のような全国的に有名な岬にも行ってみたいし、、、

柳井先生に「このひとはそのうち高知のひとになる」って笑われたけど、
せっかくこれだけ浅からぬ縁をいただいたのだから、
これからもどんどんお世話になろうと思う。
大野さんの奥様はほんと大変だろうけど・・・(毎度お騒がせしてすみません!でも深夜にすこしお話できたの楽しかったです!)

今回の高知旅も、いろんなものをいただいた良き旅でした。

Cheri*に構ってくれるひとたちがいる。
あたしを放っておかずにいてくれるひとたちがいる。

縁もゆかりもなかった土地に唄いにいけるようになるなんて「すごいなあ」と、
お父さんが亡くなる10日くらい前に、ぽつりと言ってくれたのを思い出す。

いただいたものを心の栄養にして、
今度はその心を使って、
良い唄をつくって、
また、届けにこよう。

高知の皆さま、本当にありがとうございました!!

また、来ます。

高知2日目

高知の2日目、昼まで寝かせてもらってからとりあえずご飯。
前夜に深酒をしているので、胃がもたれて食べられないかと思いきや、
ぺろっと食べてしまった蔵木のつけ麺(笑)
高知でお気に入りのつけ麺屋さんです。
高知名物という屋台餃子も一緒に♪
小ぶりのひとくちサイズながら、餡がぎっしりで美味しい♪
味玉つけ麺を食べたけど、写真撮るの忘れました。

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今回は特に、一人で過ごす時間が少なく、
夜はお風呂をいただいて部屋に戻ってもソッコー寝てしまったりで、
スマホをいじるタイミングが無かったせいか、
ツイートもあまりしなかったし、写真も撮れなかったので、
結果、ビールの写真ばかり残ってしまいました(笑)

天気は一日中あいにくの雨でしたが、もともと「リハ日」ということで、
リベルテに戻ったら午後はずっと室内にこもってリハーサル。
翌日のセットリストを考えながら、ピアノ弾いたりギター弾いたりしてました。
あのアンティークな空間で唄うと、不思議と情感豊かに聴こえます。

夜はこどもの図書館に向かい、あんさんぶる♪たんぽぽさんのリハーサルにお邪魔してきました。
せっかくなので何か共演したいと思い、たんぽぽさんが歌うほうの「ルナ」のアレンジにギターを合わせてみます。
曲の伴奏やコードはもちろん、歌のメロディーも合唱用のアレンジに変わっているのですが、
前回の10月、台風の高知で初めてたんぽぽさんのルナを聴いたときより、
もっと曲想が豊かになっていて、合唱のクオリティが格段に上がっているのを感じました。
ものすごくたくさん練習を重ねてくださっているのがわかるほど、完成度が上がっていて、
初めて聴いたときとはまた別の感動を味わいました。
前回のルナは、自分の曲を皆さんが歌ってくださっているという感動。
今回のルナは、合唱としてハーモニーの素晴らしさを感じられる感動。

それもそのはず、実は先日1/28(日)に行われた高知合唱アンサンブルのコンテスト&フェスティバルにて、
あんさんぶる♪たんぽぽさんが10年ぶりにエントリーして、
フェスティバル部門で「ルナ」を歌ってくださったのです!
このために、1ヶ月以上「ルナ」だけをずっと練習し続けてくださっていたのだとか!

そのときのプログラムを大野さんがプレゼントしてくれました。
審査員の中に、「ルナ」の合唱アレンジをしてくださった柳井先生のお名前も!

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有名なJ-POPソングや往年の名曲が歌われる中に混じって、
公式な演奏会でCheri*の「ルナ」が歌われるなんて、
大袈裟ではなく、ほんとうに、
全国初、高知発の合唱曲「ルナ」の誕生です。

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たんぽぽさんとのリハでは、ルナだけではなく、
アンコールがてら何か一緒にわいわい歌える曲をやりたいな、と思い、
カバー曲のレパートリーの中から「世界に一つだけの花」「上を向いて歩こう」「木綿のハンカチーフ」のどれか、
一緒に歌いませんか?と提案したのですが、
なんと事前に大野さんが「もし気に入った曲があったら、で良いので」と、
Cheri*の曲の音源と歌詞をたんぽぽの皆さんに渡してくださっていたらしく、
皆さん何度も聴いて、歌詞を見ながら歌えるくらいになって来てくださっていました!
しかも、なんと「kisuiiki」「Dancing Snow」「居場所」の3曲とも!!
せっかくだからCheri*さんの曲を歌いたい!とまで言ってくださって、
提案した曲が却下されるという、こちらはもうなんともびっくりの状況!!!

ほんとにいいんですか!?と恐縮しまくりながら、
昼間に考えたセットリストをいったんすべて白紙に戻して、曲を組み替える。
急遽、Cheri*のステージ中にも「バックコーラス」として参加していただくことになりました!

一緒に歌う部分のリハーサルを終えた後は、たんぽぽステージの練習もあるので、
Cheri*と大野さんは撤収して帰ったのですが、
ふたりとも感慨深い想いを語りながら歩いて帰り、居酒屋でビールを飲まずにはいられませんでした(笑)
鯨の刺身!

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種をまいた大野さんご自身も、希望者や有志数名が参加してくれたらいいな、という思いだったそうですが、
まさか3曲とも全員が音源を聴いて、歌に参加してもらえるとは思ってなかったそうです。

私にとっては、
たんぽぽの皆さんが大野さんの想いを汲んで、もし社交辞令で「ぜひ」と言ってくださっていたとしても、
1回や2回聴いただけでは曲は覚えられないわけですから、
カラオケ的に歌えるくらいまで聴いて来てくださるというのは、
やはりメンバーの皆さんそれぞれが「歌おう」と意欲的に考えてくださったからに他ならないので、
その事実が本当に本当に嬉しかった。

しかも練習の合間にも「♪雪の妖精が踊る~」と鼻歌を口ずさんでくださったりして、
「耳に残って、つい歌っちゃう」みたいな風景を垣間見れて、めちゃくちゃ嬉しくなりました。

こんなことは2010年の東京ダンスオペラ(芝居あり歌ありダンスありの市民参加型舞台)に音楽担当で参加したとき以来、
Cheriの「Rainbow」を主題歌として若い子たちに歌ってもらったときのことを思い出しました。
あのときも稽古場で、休憩のときでもみんなが「Rainbow」を口ずさんでくれた。

私は本当に幸せな音楽人生を歩かせてもらっているなあと、改めて思いました。

高知で種をまいてくださった大野さんも、
その種を芽吹かせてくださったあんさんぶる♪たんぽぽさんも、
本当にありがとうございます!!

リベルテのライブ、頑張ります!!

高知遠征へ!

暖かい南国のイメージがある高知ですが、それでも一年で一番寒い時期の高知へ行って来ました!

2ヶ月ほど前にちゃんとバスを予約しておこうと思って予約サイト見たら、
1ヶ月と1日前からじゃないと予約できなかったらしく、まだ予約受け付けが始まっていませんでした。
なので「まだ先でいっかー」なんて余裕かまして、1週間ほど前に予約しようとしたら、
すでに満席のバスが多く、ちょうど都合の良い時間帯のバスが取れませんでした。

ということで初日は頑張って早起きして行って来ます!
寒いけど天気が良くて助かったー。

高知行きのバスに乗りました。いってきまーす。明石海峡大橋なうよ。

Cheri*さん(@cheripanda)がシェアした投稿 –

サービスエリアでの休憩にも目が覚めることなく、車中で爆睡。
あっという間に高知駅を過ぎて、一番最寄りのバス停である「はりまや橋」に到着。
お昼ご飯に何を食べようか考えつつ、ここから歩いてリベルテへ向かいます。

とうちゃーく!!

とうちゃーく!!

いつも自分の家のようにくつろがせていただいているので、すでにだいぶ「ただいま感」ある。
ここでライブするのは明後日!!
宣伝ポスター、貼ってくれてます!

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とりあえずスーパーで買いたい物もあったので、アーケード商店街のほうへ向かったら、
スーパーの向かい側がひろめ市場でしたので、
とりあえず、来た!(笑)

とりあえず来るよね(笑)

来ちゃったら飲んじゃうよね!(笑)

とりあえず飲むよね(笑)

かつおのたたき、塩・タレのセットに生ビール♪
うまーい♪♪(*´∀`*)

そのあと夜は、高知県立県民文化ホールのオレンジホールにて、ライブ観に行ってきました。

縁あって高知でライブ参戦。

勇気をもらえるような、とても楽しいライブでした♪
久しぶりにタケちゃんことベースの小島剛広氏に会えました。
昨年末の音源2種類にも関わってくださって、いつもどうもありがとうー!

そのあとはいつもお世話になっているリベルテの大野さんと合流し、パンダ屋さんへ!

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移転してからの新しい店内は広くなってすっきりとして、
パンダたちが少なくなっていましたが、ちらほらと・・・。

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ウツボの刺身、淡泊だけど鯛のお刺身をコリコリさせたような感じで美味しかった!

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このあとは初めてHELL DINER(ヘルダイナー)というロックテイストのバーに行きました。
店内のモニターに流れるThe Birthdayのライブビデオを見ながら深夜までビールを飲んでたら、
途中で眠くなって撃沈しておりました。
帰ってからもソッコー落ちていたようです(笑)

覚悟はしておりましたが、初日から飲んだくれ、こうして高知の旅が始まったのでした。

TOYONAKA LIVE SQUARE 2018

甘いものと、苦いものと、大好物。

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MIYAさん戻ってきてくれたー。

歌声聴いた瞬間、めっちゃ涙出てきた。

歌う力が保てないと吐露したあのひとが、
やっぱり歌はいいねって。
また歌いますって。

戻ってくるのを信じてて良かったって、
あたしなんも関係ないのに、
なんだか報われたような気持ちになった。

音楽の神さま、本当にどうもありがとう。

1.17によせて。

阪神淡路大震災から23年。

年を重ねるごとに、23年前、両親がどれだけ必死で私たち兄妹を守ってくれていたのかを考える。

笑顔の余裕は無かったけど、気丈に励まし、絶望せず、生きることだけを考えていた。

その後の生活に、心配と不安しかなかっただろうに。

追悼の想いと共に、

生き残った者として背負う、

心からの感謝。

神戸で暮らす、いま。

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Knockin’ on Heaven’s Door

京都のライブから帰宅する、日付が変わって1月12日の0時半頃、
我が家の愛犬どんちゃんが息を引き取りました。

数日前からすこぶる調子が悪そうで、予感はあったとはいえ、
最後の2日間はご飯も食べなくなり、一気に向こう岸へ行ってしまいました。

最期は母親が看取ってくれました。
目を覚まして自力で起き上がってお水を飲み、
そばで身体を支えて見守っていた母親に、少し尻尾をふって、
寝床に戻るのを手伝った母親の腕の中で、一度吠えて、亡くなったそうです。
あたしが帰宅したのはその30分後、間に合わなかったけれど、
どんちゃんの身体は、まだやわらかく、とてもあったかかったです。

今までたくさん写真を撮っては公開してきましたが、
私の親バカっぷりにお付き合いくださり、
一緒に「可愛い」と、どんちゃんを愛でてくださった皆さんに、心からお礼申し上げます。

正直、どんちゃんがいなくなったことは受け入れ難く、
どう見ても、ただ寝ているだけのような姿で、今にも目を開けそうな気がしてならない。
毛並みはいまも柔らかいのに、でも、いよいよ冷たくなって、硬くなってしまった。
淋しくて恋しくて、ここまで泣いたのは何年ぶりかというほど涙が出てきます。
この記事は日付をさかのぼって1/12付けで書いていますが、
これを書いている現在、2日経っても、思い出すとやっぱり泣いてしまうという有様です。
大の大人がバカみたいだなあと思うほど、おめおめと泣いてしまうのです。

今までのどんちゃんの写真や動画が、スマホやパソコンの中に、たくさん残っていますが、
私の母親はとてもアナログなひとなので、母親のために、そして私自身のためにも、
サルベージした全ての画像から厳選し、簡単にレイアウトしたものをプリントアウトして、
いつでもあの愛らしい姿を思い出せるように、ファイルに入れて簡単なアルバムを作りました。
どの表情も、どの動きも、ほんとに可愛かった。

* * * * *

先代のわんこが天寿を全うしてから数年後。
どんちゃんと初めて会った日、生後2ヶ月、あたしが一目惚れした犬。
しかも母親と同じ誕生日だったことから、まず母親を口説いて、そして父を説得してもらい、
まったく知らされていなかった兄が、さらっと「どんちゃん」と命名し、
そうして我が家の家族になってくれた、どんちゃん。
片手の手のひらに乗るくらい小さかった。

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マルチーズとチワワのミックスだったのですが、
ウサギのようだったり、耳が垂れていたり、

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カメラ目線がとても上手なコだったり、
散髪する前と後で、全然見た目が違っていたり、
変な寝姿を披露してくれたり、

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箱に入るのが好きで「アマドン」になったり、
(そういえばあたしが旅行トランクを広げて、ライブ遠征の準備をしていたら、必ず中にちょこんと入ってたなあ)

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毛布にくるまるのが大好きだったり、

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宅録しているときに、「あれ?なんか雑音入ってる?」と思ってよく聞いてみると、
たまに「わん!」って声が入ってて、コーラス参加かよ、と和んだり、
(本来は集中してピリピリしてたりするのですが、こういうときはやり直しになっても一切怒る気にはならなかった)

内弁慶なところも含めて、とりあえず飼い主に似ているどんちゃんでした。

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すっかりおじいちゃんになっても可愛いままでした。

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そして、一番最後の思い出は初詣でした。

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あたしが生き急いでいたときも、そばにいてくれた。
いったん東京に行って、神戸に帰ってきてから、犬のいる生活にどれだけ癒されたか。
あたしが音楽の道にもう一度戻ってこれたのは、たくさんのひとや思い出に背中を押してもらったおかげだけど、
日常生活や精神が安定したおかげでもあって、
そこには家族の支えがあって、その家族の中に、どんちゃんの存在は欠かせなかった。
世の中に「ドッグセラピー」があるというのは知っているけれど、
もしかしたらそういうものに近い「恩」を感じている。

人間には意思や志があって、それぞれの価値観と生き方がある。
それは他人には(たとえ家族であっても)侵害できないようなもので、
だからこそ認め合って、理解し合って生きることが、難しい。
でも飼い犬は、受け入れ合うという、まさに共存しかない。
託すという意味での依存や、委ねるという全幅の信頼に、あたしは愛しか感じない。
人間で言えば、それは愛がなければできないことだと思うんだ。
でもきっと犬にとっては、愛という概念すら考えないで、当たり前に、それしかないのだ。

シンプルに生きているものは「うつくしい」と思う。
あたしが学ぶべきは、そこにある。
愛玩動物と呼ばれるペットたちは、人間のエゴだけで、ただ生きて、死んでいく。
だからこそ、育むべき心は、そこにある。
保護者としての責任を感じて、与えたもの、与えられたものを、ちゃんと理解していきたい。

つくづく思うのだけど、言葉というのは実は不自由なのかもれないな。
なまじ通じるだけに、他が、おろそかになるのだな。

優しさの概念すら考えないで、当たり前にひとに優しくできる人間になりたい。
愛の概念すら考えないで、当たり前に愛せるひとになりたい。

あんな小さかった赤ちゃんが、あたしより先に年老いて、置き土産を残していく。

ありがとう。

足元に寄ってくる白い小さなふわふわが居なくなって、
家は急に静かになった気がします。

15歳と21日。

小さな白い天使。

おやすみなさい。

うちの家族になってくれて本当にありがとう。

あたしはきみが大好きでした。

悲しいけど、淋しいけど、恋しいけど、

ぜったいにきみを忘れない。

あたしがそっちに行くまで、しばらくの、ばいばい。

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